表札莫し

はっとり(居留守)

過去の名作選②【村瀬くん】

 
村瀬くんは宇宙人だった。

僕は前々から気付いていたんだ、彼が宇宙人だってこと。授業中、たまに遠くを見ながら何かブツブツつぶやいていたり、昼休みになるとよく校庭で「地質調査」とか言って石ころをたくさん拾い集めてたり、放課後は誰よりも早く姿を消したり、とにかく彼は不思議なやつだった。だから僕は村瀬くんは絶対に宇宙人だと信じていた。
ある日の休み時間、思いきって僕は村瀬くんに聞いてみた。

「村瀬くんって宇宙人だよね?」

村瀬くんはしばらく黙り込んだあと、僕にこう聞き返した。

「本当にそう思うかい?」

その時の村瀬くんの顔が無表情でなんだかもの凄く恐ろしかったから、僕は思わず

「ち、違ってたらごめん」

と謝ってしまった。すると村瀬くんはニヤリと笑って一言

「君は、できる地球人だね」

と言った。僕は驚いた。
僕はその日の放課後、村瀬くんに連れられて近くの河原へ行った。土手沿いを歩きながら村瀬くんは言った。

「君の言った通り、僕は宇宙人だよ」

まるで緊張感のないその言い方に僕は少し戸惑ってしまった。

「冗談じゃなくて、本当に村瀬くんは宇宙人なんだよね?」

僕が聞き返すと村瀬くんは「本当だとも」とただ一言だけ答えて、あとは黙ってしまった。歩きながら、村瀬くんはどこか物悲しい表情を浮かべてずっと空を見上げていた。しばらくして村瀬くんは急に立ち止まり、呟くように話しはじめた。

「こんな夕焼け空を見てるとさぁ、なんだかムラムラするよね。いや、別に共感は求めていないよ。ただ、僕はすごくムラムラするんだ。あぁ、なんて美しいんだろう。地球の君たちが羨ましいよ。こんなに美しい空を持っていて。でも残念だね。こんな景色ももうあと少しでおしまいだ。地球ができたての頃から僕は何度もこうして地球に遊びに来ているけど、最近はこの星もひどく痛んできてる。もうあと千年も続かないね。前に来たのがだいたい2千年くらい前なんだけど、そんときはもうちょっと美しかった。空だけじゃなくて全てが。君たち人間はつい最近現れたばっかりなのに、すでにこの星の生死を左右するような強大な存在になった。進化ってすごいよ」

僕は何も言葉を発することができず、口をぽかんと開けたまま村瀬くんの顔をただぼーっと見ていた。村瀬くんは続けて話した。

「昔はさ、色んな星から色んなやつがひっきりなしに地球に遊びに来てたんだよ。太陽系の惑星の中でこれだけ環境が整ってる星は他になかったから。地球は奇跡の星って呼ばれてたくらいだ。でも、人間が現れて、やがて知能を手にして道具や言葉を使うようになってから、地球に来るやつはほとんどいなくなった。みんな地球がもうそんなに長くはないってのを悟ったんだろうね。僕もそのひとりだった。地球のサイクルがおかしくなりはじめるのを感じた。でも、この美しい空が見たくなってまたこうして地球に来ちゃうんだよね。毎回わざわざこの星の生命体に姿を変えて。今回は初めて人間にしてみたんだけど、なかなか楽しいね人間ってのも。ちっぽけなくせにみんな偉そうにしてるんだもん」

淡々と語る村瀬くん、いや、この宇宙人を前に、僕は完全にちっぽけな一人の人間になっていた。遥かな時の流れが僕の体の中を一気に通り抜け、地球が、僕の下にあるこの地球が急にとてつもなく大きくなった気がした。足がすくんだ。僕は彼に訊ねた。

「君は、また帰っちゃうのかい?」

すると彼は

「あぁ、もう帰るよ。そうだなぁ、次に夕焼けを見に来るとしたら、地球最後の日かな」

そう言って両手を高く挙げ、次の瞬間ドロドロとした液体に変化した。そしてそれは目にも止まらぬ速さで空に昇っていってしまった。

次の日、教室に行くと村瀬くんが座っていた席には知らない女の子が座っていた。不思議なことに、クラスの友だち、そして先生までもがみんな村瀬くんのことを覚えていないのだ。

僕はあれからよく夕焼けを眺めるようになった。周りの友だちからは、宇宙人みたいだねって言われるようになった。