表札莫し

はっとり(居留守)

12時半、噴水前

ずるいなあ。あなたはこの街に詳しいから、先に行って待ってるねなんて、ずるいよ。あたしはよく知らないし、初めて来るのに、迷うに決まってるよ。結局約束の時間を5時間も過ぎてやっと辿り着いた頃には日が暮れてて、あなたはそこには居ませんでした。ひどいなあ、知らない街でひとりぼっちにするなよなあ。


「涙をお拭きよお嬢さん」

誰だよこの人。知らない街で知らないひとに優しくされてるし何だよもう。

「平気です」

「そうは見えません。何かつらい事でも?」

「じつは飼い犬が死にました」

「そうですか。それはお気の毒に。どうです?私の家に来て一発ヤッてスッキリしませんか?」

ああ、なんだか気分が最悪だ。コロッケ食べたい、お母さんのコロッケ食べたい。

「いえ結構です、ありがとうございますもう大丈夫なんで放っておいてください」

「ふふふふふ。ビリビリ〜(顔のマスクを剥がす音)、ジャーン僕だよ」

「あー!」

「ごめんね、迷っちゃったよね」

「涙が止まらない」

「さあ手を繋いで帰ろう、観たかった映画は終わっちゃったしね」

「ねえごめんなさい」

「いいんだ、僕も悪い。それより君、犬なんて飼ってた?」

「飼ってない、犬になりたい」

「犬なら道に迷わないしね」

ずるいなあ。知らない街でも夕焼けはいつも程よく優しいからずるいよなあ。