表札莫し

はっとり(居留守)

ZUSHI

温度を覚えてる。はっきりとそれだけ。匂いとか他の感覚は日毎に凄い早さで薄れていくのに、あの温度だけはどういうわけか離れてくれない。そのうち全部を忘れてしまってはさすがに空しいからせめて、って事だと思うけど、正直こいつが一番要らない。

 

「馬鹿だなお前、最初から居なかったことにすればいいのに。俺さあ、二日以上引きずったことないのよ、マジで、これマジね。だってめっちゃアホ臭くね?スパッとね、忘れんの。フラれ過ぎて忘却能力たぶん普通の人の5倍くらいあるよ俺。居なかったことにできんの、無かったことに。凄くない?」

 

お前のようにはなりたくないけど、凄いし羨ましい。ずるい。

欲張ると残念ながら良い結果は待ってないから、なるべく欲張らず上手に平凡を喰い潰して生きていく。何が欲しい?何も要らないわ、今がたぶん、ちょうど幸せ。それなら良かった、明日もきっと幸せだよね。もちろん。

部屋でテレビを見る。永遠眺める。こうしてるのが一番ラクだ。時間に勝ててる気がする。君はテレビが好きだった、俺なんかよりずっと。なぁいつまで見てんだよ。あの部屋には、ストレスと傲慢と消えそうな優しさと埋まらない淋しさが肩を寄せ合って一緒に詰まってた。ギリギリのバランスを保ってそれぞれが息をしてた。

君はよく窓を開けたがった。よっぽど窮屈だったんだよな。あの部屋の温度が未だ忘れられない。